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poussette(プセット) がまぐち作家・小川大介さん インタビュー

「自分にしかできないことで、人の穏やかな暮らしに役立ちたい。」


poussette(プセット)・小川大介さん

poussette(プセット)の小川大介さんが手がけるのは、日本の伝統が息づく美しいフォルムと使いやすさに、独自の感性をプラスした「がまぐち」たち。

その卓越したセンスとフランクなお人柄ゆえか、これまで受けた取材はテレビ番組中心になんと100件以上。いまや京都で一番有名ながまぐち作家さんといえるでしょう。

今回は、この3月に移転オープンし、活動の拠点とされている京都・一乗寺のアトリエ兼ショップを訪ねました。

多彩ながまぐちの中で存在感を放つ愛用のシンガーミシン、そして新たな命を吹き込まれるのを待つたくさんの生地たちに囲まれ、 作品作りを進めていただきながらのインタビューは、その手際のよさについ見惚れてしまいがちに。

気負わず自然体でいながらも、あくまでスマートなスタイルにも、小川さんの美学が貫かれている気がします。


ショップでは、お客さまに生地を選んでもらい、目の前でがまぐち作りを実践することも。

「いわゆる割烹スタイルです(笑)。もの作りとはどういうことか、これだけの手間をかけ、思いをこめて作られていることを知ってもらえれば使うものへの愛着も関心も深まると思うんです」。

ミシンは職人にとって身体の一部と語る小川さん。最初は工業用ミシンを使っていましたが、「よそよそしい」感じがぬぐえず、アナログミシンを使おうと決意。
「知り合いのアンティークショップを訪ねた時、まさにトラックから降ろされた瞬間に出会ったのがこのミシン。1925年のスコットランド製です。2週間かけてオーバーホールし、今では完璧な相棒」。


「そのあと、縁あって手にした同じタイプのシンガーミシンも、製造番号を見て同じ年に同じ工場でつくられたことがわかりました。91歳の現役姉妹です(笑)」。
現在は2台の同じミシンでがまぐちを制作されています。


コンクリート打ちっ放しの外観もモダンなアトリエ兼ショップ。一乗寺は京都カルチャーの発信地としても知られます。

「ひいおばあちゃん」のがまぐちが連れてきた縁?


─ご出身は栃木県。プロフィールを拝見すると、がまぐちの創作活動に至るまでかなりの紆余曲折があったとお見受けします。

ありましたね(笑)。大学は外国語系と法律系、ふたつ行って両方中退してるし(笑)。

進学を考えた高校生の時から実はかなり迷っていたんです。小さな頃から言葉にとても興味を持っていて物事を論理的に考えることが好きだったので、言葉を使う仕事で人の役に立つことはできないかというのが選択肢のひとつでした。

そんな中で「この先生のゼミに入りたい!」と強く思っためちゃくちゃ面白い言語学の教授がいらっしゃる大学を選んだのですが…僕が入学したとたん、まさかの定年退官で教授のゼミに入れないことがわかり(笑)。

京都の大学に行きたいと思っていた初心に戻り、受験からやり直しました。

─京都にはどうして興味を?

中学生の時、初めて古典にふれて衝撃を受けたんです。

『枕草子』にしろ『徒然草』にしろ、それまで栃木の山奥で育ってきた僕の日常にはない世界が繰り広げられているのに驚いて。

これが日本のもともとの世界観なんだとわかったときに、日本という国を知るには古典の世界に飛び込む、つまり京都に行くしかないとずっと思っていました。

─それで、念願かなって京都の大学へ。

京都では法学部と芸術系の大学を受験し、両方合格をいただいて、また悩みました。

法律に関しては、叔父が検事で法律が身近だったこと、法律という理論整然とした言葉を使って人の役に立てる仕事に魅力を感じたから。

一方では芸術も好きだったので、言葉と絵で法律のいらないようなあたたかい世界がつくれたらいいなという思いから、絵本を一冊、描けるようになるために芸術系の大学も考えたのです。

最終的には“お小遣い”の事情もあって(笑)法学部に進みました。

─ところがそこでまた転機が訪れるわけですね。

京都に来られたことはとても幸せでした。

でも大学での刑法の授業が辛かった。過去の犯罪と量刑をひたすら見ていくのですが、甲乙丙がいつも何かやらかしていて毎日が火曜サスペンス劇場なんです(笑)。

もうウンザリしてしまって、そんなドロドロした世界よりも、そういう気持ちにならないような生活を手伝う仕事のほうが自分には向いていると思うようになりました。

芸術大学はあきらめたものの独学でグラフィックデザインを続けていたので、その作品を持って面接に行き採用されたのが、がまぐちを製造販売している会社のWEBデザイナーです。

─がまぐちとの出会いがここに。

その前に少し運命的なことがありました。ちょうど法律とは別の道に進むべきか悩んでいた時に、曽祖母が亡くなりまして。

お弔いの時に、棺に入れようと祖母が出してきたのが、曽祖母が愛用していたがまぐちでした。

僕はどうしても棺に入れることができなくて、形見として持ち帰ったんです。がまぐちの会社にご縁をいただいた時に、あらためてそのがまぐちを眺めて考えました。

今学んでいる法律の世界では連日犯罪が起こっているけど、ひいおばあちゃんがこのがまぐちを持って人殺しにいこうとはしないよな、と(笑)。

むしろ家族のために明日は何をつくろう、何をしてあげようと思いながら平和に過ごす日常の中にあるもの。がまぐちを作るということは、そんなおだやかな生活に寄り添うものを作ることじゃないかと思いました。

そこで「がまぐちっていいかも」という気持ちになれたんです。曽祖母がそんなご縁をくれたのかなと、今になって思いますね。



小川さんが今も大切に持ち続ける御曽祖母さんの形見のがまぐち。「しっかりしたつくりで、よく使い込まれていい味を出してます」

小川さんが作り出す多彩ながまぐちたち。生地の買い付け、パターン製作から縫製まですべて一人で手がけています。


金具を付ける前の段階まで仕上がったがまぐち。


がまぐちの表地と裏地はそれぞれ異なっており、その組み合わせもまた小川さんの感性の見せどころです。


使用する生地は、希少な輸入ものやデッドストックものを始め、産地も素材もテイストもバリエーション豊か。

─そこでがまぐち作りのノウハウを学ばれたんですね。

WEBデザイナーとして入社したものの、小さな会社だったので、手が空くとミシンを踏むし、新商品の企画会議にも出させてもらったりもしました。

それなりに楽しかったのですが、僕が出すアイデアはコスト面などの制約ですべてボツ。

少しずつフラストレーションが溜まったのもあり、ほどなく退社して、自分が本当に作りたいものは何か、物作りの原点を見直そうと良品計画に入りました。

ところが入社後2年で店舗が入っていたショッピング施設自体が閉館することになり、退職。そこで独立して何かを始める選択肢として、がまぐち作りを考えたんです。

曽祖母のことで縁を感じていたこともあるし、以前の職場で作りたいものが作れなかった経緯もあるし、これはきっかけをもらえたととらえて、一度自分で条件を設けてやってみようと。

“お小遣い”をいくらと決めた中で材料を揃えてがまぐちを作り、手作り市に出店してみることにしました。それで、売り上げが最初に用意したお小遣いを下回ったら、がまぐち作りは僕の役割ではなかったんだと思うことにしようと。

─ちょうど京都で手作り市なるものが注目され出した頃ですね。

知恩寺さんの手作り市が有名になり始めていました。でも僕は、京都の妙蓮寺さんで開催されている手作り市でのデビューを決めました。

知名度も出店者も来客数も俄然少なかったんですが、出店料が知恩寺より300円安かったから(笑)。

とにかく作れるだけのがまぐちを作って出店しました。そしたら、なんと完売したんです。

で、次はもう少したくさん作って出店し、また売れてお小遣いが増えて、もう少し好きな生地や材料を使って作ることができるようになって、また売れて…その繰り返しで、今に至ります。

来年でがま口を作り始めてちょうど10年になります。




作り手と使う人が直接コミュニケーションできる手作り市。魅力ある作り手は、ここからどんどん羽ばたいていきます。こちらの画像は、2008年5月の「上賀茂神社手作り市」の様子(画像左が小川さん)。京都市内の神社・寺院で開催されている手作り市を通じて、小川さんも現在の活躍に至るさまざまな出会いに恵まれました。

─いま、めちゃくちゃはしょりましたね(笑)。その10年の間に何があったかもお伺いしたいのですが。

いや、ほんとに、ありがたい出会いの繰り返しに尽きるんです。

最初の場所を妙蓮寺さんにしたことも、今思えば僕自身の道を開く大きなきっかけになったと思っています。

クラフトカフェの田畑さんとも出会えました。その後、知恩寺や上賀茂神社にも出店するようになり、知恩寺で出会った人の紹介で「あじき路地」の大家さんにお会いして、「部屋が空いたらおいで」と言っていただけました。

あじき路地で職住一致の暮らしを始めたことで取材を受けることも多くなって、知ってくださる方が増えたと思います。

─ 一時期、尾道に拠点を移されたこともありますよね。

尾道を一人で旅した時に、出会った人と話をするうち、京都は町家を好んで使うお店や作家がいて、人が集まるからいいねと言われたんです。

尾道は古民家があるけど朽ちていくばかり。町歩きを楽しんでくれる人は多いけど、住んだり使ったりしてくれる人がいない…と。

本当に素敵な場所だったのでなんとかお役に立ちたいと思ったんですよね。

幸い僕の仕事はミシンと生地さえあればできるから、それなら僕がまず移住することで何かができるかもと、家を一軒買って暮らし始めたのです。

ところが1年半ほどでその家が僕のお小遣いでは修復できない状況になってしまって、暮らすことはあきらめました。

でも、今も家はそのままで、作品展などに提供したり、イベントに参加したりと、尾道との交流は続けています。




>小川さんのもうひとつの拠点、尾道のアトリエ。2016年夏の豪雨災害のため居住は難しくなったそうですが、現在は尾道のものづくり作家さんの作品展などの場としても活用されています(画像は小川さん提供)。

あたたかな気持ちを共有したい

─まさに人とのつながりのなかで、ご活動が広がっているのですね。

今は仕事とか趣味とかの区別なく、いろんな人に会ったり、訪ねたりすることが楽しいですね。

僕のクリエーター名である「poussette」は、フランス語で「ベビーカー」という意味です。

自分自身を表現できる名前を考えた時に、昔からクルマがむちゃくちゃ好きだったので、人が最初に乗るクルマ、ベビーカーを思いついたのです。

クルマがあるからこそ行ける場所、体験できる世界があるけれど、ベビーカーは一人では動けない。押してくれる人とのあたたかいつながりがあって初めていろんな世界へ連れて行ってもらえる。

そんなふうに、人と一緒に新しい世界をのぞけるのが素敵だなと思って、この言葉を選びました。

実はがまぐちに出会う前、学生時代に創作活動を始める時につけた名前で、最初に手がけたのは音楽だったんですよ。


─創作活動を通じて、小川さんご自身は人とどんなことを共有したいとお考えですか。

僕は自分が何のために生きているのか、誰のために生きているのかを至上命題にしているんです。

と言うと堅苦しく聞こえてしまいますが、1日の終わり、お風呂のときや寝る前に「今日」を振り返る瞬間、誰と会えたか、誰のためにがま口を仕立てられたか、誰かの役に立てたかどうかを自問してみるんです。

Yesと言えれば、明日起きなくてもいいくらいの充実した気持ちになれる。毎日がその繰り返しです。

ときには辛いこと、しんどいこともあるけど、日々納得して生きていきたいと強く思っています。

今日をもう一度生きることはできないので、後悔しない生き方をしたいんですね。そして、人にも同じように人生を毎日を納得して生きていってほしい。

そういうことが自分の作るものを通じて伝えられるようになればいいなと思っています。


─今後、作ってみたいがまぐちはありますか。

今って、財布や証明書、免許書、情報媒体など財産を身につけて動くのをみんなあたり前にしているでしょう。それをひとまとめにして安心して持ち歩けるものを作りたいですね。

僕のもの作りの根底には「余計なものを背負わない生活」という考えもあって、極力少ない荷物を楽しく持ち歩いてもらいたいなと思っています。

だから、それを身につけるだけで、最低限必要なものが揃い、忘れ物がない、不安感がない…そういうものをうまく作りたいんですよね。

「かばん」とか「財布」とかいう分類を離れた、入れ物であるけど入れ物っぽくない、財布にしても財布っぽくない、でも自分にとって必要ですというアイテムができたらいいなと。


新たに挑戦中の革を使用したがまぐち。こちらは経年変化が楽しめるヌメ革です。


>こちらは、姫路産の牛革で制作した2点セットのがまぐち財布。今後のさらなる展開が楽しみです。

─それは面白いですね。最後に、小川さんがもの作りの上で大切にされていることは何ですか。

初めて手作り市に出た時から、僕はどれだけ売り上げがたくさんあるよりも、何年も使ってくださるなと思えるお客さんと出会えた1日のほうが嬉しかった。

結局僕にとって仕事は、お金になったかどうかではなくて人の役に立てて、しかもそれが僕にしかできない仕事であるかどうかが大事なんです。

今はがまぐちという生活に身近なツールを通して、毎日楽しく悔いなく暮らしてほしいという思いを発信しているつもりですが、もの作りに答えはありません。

僕自身、いつも懐疑的で答えを探し続けています。お客さんからご要望をいただける限りは、伝え続けられる何かがあるのではないかと思っていますが、時代も求められるものもどんどん変わっていく中で、何か新しいものを提案できないかという宿題は、常に自分自身に課しています。そのためには、さぼらずやっていくことですよね。

─小川さんの思いがより多くの人に伝わりますように。本日はありがとうございました。


この10月、poussette(プセット)の名前でクリエイティブ活動を始めて15周年という記念すべき節目を迎えた小川さん。

どんなに有名になっても、ひとつひとつの縁を大切にする誠実さ、人の役に立ちたいという強い思いのもとでひたむきに創作を続ける姿勢が印象的でした。

ぜひその作品にふれ、こめられたメッセージを感じていただきたいと思います。

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(取材日:2016年9月16日/文:ライター・森本朕世)


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